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042 介護の覚悟

last update Last Updated: 2025-06-25 17:00:00

「……失礼、します……」

 仕事を終えた明日香が、恐縮した面持ちで西村の部屋の扉を開けた。

 * * *

 しずくを助けようとして、腰を痛めた西村。

 東海林先生の診察では、慌ててしずくを抱えた時、筋を少し痛めたとのことだった。

 念の為今日明日は部屋で寝ているように。それでもまだ痛むようなら、一度レントゲンを撮ろうと言われた西村は、いつもの調子で「まいったまいった」そう言って笑っていた。

「あのぉ……西村さん、不知火です」

「おおっ、明日香ちゃんかいの。仕事、お疲れさんじゃったな」

 中に入ると、西村は布団で横になっていた。明日香の顔を見て起き上がろうとしたが、明日香が慌ててそれを制した。

「西村さん、駄目だってば。ちゃんと寝てないと」

「ほっほっほ、全くもって情けない話じゃて。昔はこんなことぐらい、何てことなかったんじゃがの」

「ほんと……すいませんでした」

「何がじゃ? ああ、しずくちゃんのことかいの。大丈夫じゃよ、どこも怪我はしとらんからな」

「いえ、そうじゃなくて」

「わしが調子に乗って、あんたが駄目だと言ってた二階に連れていったんじゃからな、罰が当たったんじゃろうて」

「そんなことないってば。その……ごめんね、西村さん。今日二人を見てくれたことも、それから……いつも」

「ほっほっほ。わしが好きでやっとることじゃて。あの子たちと遊んどると楽しいんでの」

「ごめんなさい……」

「明日香ちゃんや、そんなに謝られても困るんじゃよ。どうせなら、わしにその……おっぱいのひとつも触らせてくれる方が、よっぽど嬉しいんじゃがの」

「全く……ほんと、変な人だよね、西村さんは

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    「……失礼、します……」 仕事を終えた明日香が、恐縮した面持ちで西村の部屋の扉を開けた。 * * * しずくを助けようとして、腰を痛めた西村。 東海林先生の診察では、慌ててしずくを抱えた時、筋を少し痛めたとのことだった。 念の為今日明日は部屋で寝ているように。それでもまだ痛むようなら、一度レントゲンを撮ろうと言われた西村は、いつもの調子で「まいったまいった」そう言って笑っていた。「あのぉ……西村さん、不知火です」「おおっ、明日香ちゃんかいの。仕事、お疲れさんじゃったな」 中に入ると、西村は布団で横になっていた。明日香の顔を見て起き上がろうとしたが、明日香が慌ててそれを制した。「西村さん、駄目だってば。ちゃんと寝てないと」「ほっほっほ、全くもって情けない話じゃて。昔はこんなことぐらい、何てことなかったんじゃがの」「ほんと……すいませんでした」「何がじゃ? ああ、しずくちゃんのことかいの。大丈夫じゃよ、どこも怪我はしとらんからな」「いえ、そうじゃなくて」「わしが調子に乗って、あんたが駄目だと言ってた二階に連れていったんじゃからな、罰が当たったんじゃろうて」「そんなことないってば。その……ごめんね、西村さん。今日二人を見てくれたことも、それから……いつも」「ほっほっほ。わしが好きでやっとることじゃて。あの子たちと遊んどると楽しいんでの」「ごめんなさい……」「明日香ちゃんや、そんなに謝られても困るんじゃよ。どうせなら、わしにその……おっぱいのひとつも触らせてくれる方が、よっぽど嬉しいんじゃがの」「全く……ほんと、変な人だよね、西村さんは

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